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19 . September
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28 . August
 中日の絶対的なリリーフエースが、北京五輪では信じられない姿をさらした。3試合で負け投手。特に大一番となった韓国との準決勝では巨人のイ・スンヨプに決勝2ランを被弾した。日本の応援席からは耳をふさぎたくなるような、心ない罵(ば)声も浴びた。疲労や精神的なショックは大きいはずだが「休んでも休まなくても体調は同じ。目の前にゲームがあるわけだから」と、帰国3日後にマウンドに立った。

 しかし、落合監督の岩瀬に対する信頼は何ら変わっていなかった。試合後、守護神とガッチリ握手を交わした指揮官は「ちゃんとした使い方をすれば抑えるんだ」と当然のように言った。北京五輪では藤川とともに抑えの上原につなぐセットアッパーを任され、本来の役割とは違った。とはいえ、敗戦投手となった試合はいずれも同点の場面での登板で、うち2試合は回をまたいだ2イニング目に失点した。「岩瀬は勝ちパターンで行く投手。そういう使い方をしないと…。長年ウチの屋台骨を背負ってきたヤツなんだから」。メダルを逃した責任を背負っている左腕をかばうように、落合監督は星野監督の起用法をバッサリ斬った。

 森バッテリーチーフコーチも冷静に分析する。「国際球は重いから、フォームを崩し、右肩が入りすぎていた。大丈夫だよ」。投球前にアドバイスされた岩瀬はいつものスライダーの切れが戻っていた。五輪期間中は浅尾、高橋といった若手が必死で代役を務めたが、25日の巨人戦では浅尾が2点のリードを守れず逆転サヨナラ負け。守護神がいれば…と思わせた。

 負ければ落合監督就任5年目で初の借金生活という大事な試合で、“抑えの仕事”に戻った岩瀬がキッチリ締めた。「自分が変わったとは思っていない。やるべきことはやってきた」。北京で受けた傷を振り払い、左腕が再び前を向いた。
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